デュアルキャリアは、決して難しい事じゃない。デュアルキャリアは、決して難しい事じゃない。

デュアルキャリアは、
決して難しい事じゃない。
三ッ輪産業株式会社 代表取締役社長
尾日向 竹信 さん

創業80年近い歴史を誇り、LPガスや電気といった生活エネルギーの供給から住環境の整備まで、暮らしのトータルプランナーとして幅広い事業を手がける三ッ輪産業。
260名ほどの社員の中に昨年から、サッカー選手との「デュアルキャリア」に取り組むニッパツ横浜FCシーガルズの中居未来選手が加わっています。
受け入れまでの経緯と現状について、お話を伺ってきました。

エネルギー事業とアスリートが、つながりを持つ日――

エネルギー事業とアスリートが、つながりを持つ日

―まずは三ッ輪産業がどんな会社であるのか、お教えいただけますか?

もともとは1940年に炭の製造・販売からはじまっていまして、灯油、ガスと家庭用燃料のメインストリームが移り変わる中、私たちも提供するサービスをブラッシュアップ。
今では関東近郊で20万世帯にLPガスを供給すると共に、ガス機器となる給湯器の取扱い、ここから派生したリフォーム事業、近年では“電力の自由化”に伴い、電力プラットフォーマーとして新電力事業を推進しており、複数の新電力ブランドを協業で立ち上げています。

―エネルギー供給を軸に事業を多角化しているようですが、あまりアスリートとの結びつきはないように感じるのですが……。

そもそも事業内容から、アスリート支援を志していたわけではありません。
常にテーマにあったのは「多様な社員が存在できる会社にしたい」ということ。そして、社員同士が交流を図って刺激し合い、会社が推進するエネルギーに転化できればという考えが根っこにあるんです。もっと踏み込んでいうならば、いろいろな“夢を持った社員”が、三ッ輪産業という“夢を叶える舞台”に乗り込んで欲しいと。

―さまざまな“社員の夢”の一つに「デュアルキャリア」があったと……。

そういう言い方もできると思います。もちろん、ポテンシャルにあふれたエネルギー事業に将来性を感じて当社を志してくれてもいいですし、仕事と家庭の両立もあるでしょう。
夢のカタチは問いませんが、だからこそ“いろんな夢を持つ乗組員がいる船を漕ぐ”という行為にも面白味があるのかも知れません。

―そういうことだったんですね。現在、三ッ輪産業では、なでしこリーグ2部・ニッパツ横浜FCシーガルズに所属する中居未来選手を社員として採用していますが……。

中居選手との出会いに至るまではいくつかの段階があって、まずはとあるご縁があって、横浜FCの取締役会長をされている、元・プロサッカー選手の奥寺康彦さんと食事をする機会があったんです。
そこで横浜FCであったり、女子サッカーチームの置かれた経済的にも厳しい現状を知ることになったんです。同時に、そんなチームを支える地元企業の姿を知りました。
そこでピンと来るものがあったんですね。「あっ、こんな地域貢献のカタチがあるんだ」と。そして、一企業としてのスポンサードが始まったんです。

―地域貢献をテーマに、プロチームを支えていこうと思ったんですね。

よくエネルギー産業は、社会インフラの一翼を担って地域を支えていると言われますが、実はその逆。私たちのほうこそ、地域に支えられた存在なんです。そこで何か“恩返し”ではないですが、地域貢献を図れる事があればと手を挙げました。
最初は、よく見られるユニフォームへのロゴ掲載から、翌年には新電力事業である『横浜FCでんき』を立ち上げました。電力契約を結ぶことで、チームの運営費に一部が回るという新しいチーム支援のカタチですね。そして、昨年からは中居選手の雇用と相成ったんです。

デュアルキャリアだからといって、何も変わらない――

デュアルキャリアだからといって、何も変わらない

―では、中居選手を採用するに至った理由は、どんなものだったんですか?

これもチームと繋がりの中でのご縁でして。デュアルキャリアが可能な就職先を探している学生がいるとご相談を受け、「一度、お話をするだけなら」と出会ったのが中居選手でした。
話をして率直に感じたのは「すごく純粋なコだな」ということ。良くも悪くも本当にサッカー一筋で生きてきたんだな、と。私も多くの“就活”に励む学生とあってきましたが、違いを感じたのは“明確な夢”を持っていることだと感じました。

―そして「デュアルキャリア」の受け入れを決断することに……。

正直に言えば、どこまで彼女が頑張れるのか、未知数な側面もありました。当社側の受け入れ態勢としてもですね。
一番懸念していたのは、社員たちが彼女をどんな目で見るかということ。午前中は練習に参加して、午後のみの勤務という形をとっているのですが、そのことに不満を抱く者もいるんじゃないかと。100%不安ゼロの受け入れではなかったですね。

―実際に社員の方々の反応は、いかがだったのですか?

まずは知ってもらう機会を設けようということで、配属先となる給与計算や庶務全般を担う総務部門以外に、営業をはじめとする様々な部署を研修で回って業務を体感してもらい、他部署の社員にも接してもらったんです。社員たちも中居選手のことが知りたいでしょうし、中居選手も社員のこと、会社のことを知りたかったでしょうから。
この助走期間があったからか、周囲が非常にスムーズに受け入れてくれたと感じています。

―中居選手の働きぶりは、いかがでしたか?

一言でいうなら「非常に真面目」ということ。周囲を認めさせるだけの働きぶりでしたし、私自身、ちょっとアスリートに対して誤解があって、「スポーツ選手特有のエゴの強さが、悪い方に作用したらどうしよう?」という懸念があったのですが、イイ意味で裏切られましたね。
チームの一員として、周囲とのコミュニケーションを大切にしていると感じます。
彼女がチームスポーツの選手であることに加え、その人間力による部分も大きいと思いますが……。

―まさに「デュアルキャリア」がハマったということですね。

もちろん、彼女にも他の社員同様「できるコト」「できないコト」がありますし、新入社員ですから長い目で見ていきたいと考えています。
ですがそこに「デュアルキャリアであるから……」という忖度は良くも悪くも一つもありません。勤務時間が短いだけで、評価においても他の新入社員と何ら変わらずにおこなっています。

多様な働き方を認める会社、社会であって欲しい――

多様な働き方を認める会社、社会であって欲しい

―そんな「デュアルキャリア」を受け入れて1年あまり、何か会社の変化は感じますか?

特段大きく何かが変わったということはないかと。もちろん、中居選手の試合はみんなで応援に行きますし、その後、社員同士で飲みに行ってという動きは活発になりましたが……。
大きな変化がないのも、ごくごく自然なものとして当社にデュアルキャリアが浸透している証かも知れません。

―尾日向社長自身は、いかがですか?

そうですね。何かが変わったというよりは、これまで以上に「もっと柔軟な働き方ができるんじゃないか、もっと会社の内にも外にも“夢”を見いだせるんじゃないか?」という考えが強固になった気がします。デュアルキャリアは、会社にも新しいエネルギーを生んでくれると思いますし、“多様性”を認める方向に会社がますます進んでいきそうな手応えがありますね。

―デュアルキャリアに限定せず、様々な社員がいていい――。まさに受け入れ前から描いている理想の具現化ですね。

例えば、当社には従来、ガス・電気事業に関連した資格取得支援制度があったのですが、これを発展させて、“業務に関係がないものでも”社員が申請し、許可できるものなら取得費用を半額援助しようという試みをはじめました。意欲というか、夢を感じられれば、それこそ国家資格から英語、書道検定など、資格の種類は何でもいいんです。
中居選手だけではなく、全ての社員の“夢の実現”を応援できれば最高ですね。

―そんな尾日向社長からみて、日本のアスリートが置かれた環境のどこに課題を感じますか?

企業とアスリートの関係性が、とにかく“露出”だけ、経済合理性だけにフォーカスされ過ぎている気がするんです。
目立つ人にお金が集まる側面はどうしてもあるでしょうが、アスリートの各々の個性や社会人としての“伸びしろ”がもっと多くの人に見えてくれば、デュアルキャリアを受け入れる企業も増えるでしょうし、アスリートの競技生活も充実する。そして、スポーツの発展が、地域の発展にもつながっていくと思うんです。
雇用の在り方自体を企業も行政も、そして社会全体ももっと考える時代なのかも知れません。

―デュアルキャリアに先行して成功されている企業として、他の企業にアドバイスはありますか?。

いやいや、そんな大それたことは言えませんが……。
ただ当社の場合、シンプルにやってみて、今の時点で成功しているということだけです。働き方のカタチにしたって、受け入れる前から規則を大きく変えようとしなくても、やりながら変化させていけば良いかと。
「とりあえずやってみる」というのではあまりにも端的ですが、社員の多様な夢を認める姿勢がどこかにあれば、決して難しいことではないと、体験談として語れる自信はありますね。
これからも“夢”を持った社員を応援し、そして社会に“夢”を提供できる会社でありたいと思っています。